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超氷河期世代(35歳前後)のこころと肌 その3/4 ー「ネットカフェ難民」の実態を見たときに感じること

2014年11月18日

前回の記事に記したとおり、私たち、第一次就職氷河期世代の中でも、2000年-2004年に就職した世代には、独特の「色」のようなものがある。

※前回の記事はこちら⇒「超氷河期世代のこころと肌 その1 その2

私は、皮膚と化粧品の仕事を通して
この超就職氷河期世代(2014年時点で35歳前後)の心と肌を探検する、
つまり感情的な部分を模索・探検しながら素肌の健康の役に立ちたい
という気持ちで書いている。

—–

【20代後半で出会った「ネットカフェ難民」の事実

前回の続きだが、
20代後半を迎えた私は、同じ歳、もしくは1,2歳しか変わらない同世代が、
家や仕事を失い、路上生活に近い生活を送っている人たちがいることを知る。

なぜなのだろうか?
その中には、大卒の人ももちろんいる。

とにかく、学校を卒業してから就職したものの、
1,2年で体を壊して仕事を辞め、派遣の仕事を転々としたが、
何らかの理由※で生活が行き届かなくなる。

※当時は”派遣切り”という言葉が流行し、派遣で働く人が多数職を失っていた

結果的に「ネットカフェ難民」と呼ばれる生活をおくるようになっているのだった。
そこで「溜め」がない人々が出てきている実態を知ったのだ。

お金だけではない。人間関係の「溜め」がないということだった。


※「人間関係の溜め」という言葉は、当時「年越し派遣村」村長でありその後、内閣府参与を務めた湯浅誠氏のことば

 

【人間関係の「溜め」が無くなる末に迫る貧困】

家族関係、友人関係、地域とのかかわり。

 

すべてにおいて、「溜め」という貯金のようなものがなくなってしまうと、
頼る場所がなくなり、
頼ること自体を「やってはいけないこと」

と思ってしまう風潮があるのだ。

20141118人間関係の溜め
当時、その実態を可視化されたひとつの例が、
2008年の年末に社会問題としてメディアに取り上げられた代表的な例が

「年越し派遣村」だ。

 

これを機に、その後のさまざまな貧困問題の取り組みから形になり、
社会問題として様々な分野から問題提起がわきあがった。

 

当時、私がこの取り組みに参加して思ったことは、

自分は、 仕事も、住む家も頼る人もあるのが幸いだ。

ということだった。
つまり「人間関係の溜め」があるかないかは、
実際には、どんな人でも紙一重だということ。

 

一方、同じ歳の人たちが、さぼっているわけでもなく、毎日仕事に行っていても、
「ネットカフェ難民」になる理由。

これが「人間関係の溜め」にある気がしたのだ。

 

【実際に見て、聞き、感じてみるとわかること】

実際に話してみたり、何気ない接し方をみると、なんとなく同世代の雰囲気がわかるものだ。

就職してからずっと、
「ありがたいと思え」
「やって当然だし、できないのは自分が無能だからだ」

と植え込まれた私たちは、心の余裕(つまり「溜め」)がとても少ないのだ。

その上、頼るところが極端に少ない場合。
たとえば、友人と疎遠になっているとか、家族との縁が薄く、頼ることができない事情があったりする。

 

「人に頼ることはいけないこと」
「自分の力で何とかできない人はダメな人間」

という風潮は現代の日本社会ではあたり前にあることだ。
そのことがいいか悪いか、という議論をしたいのではない。
事実として私がみたことを述べているのだ。

 

【わたしが「ネットカフェ難民」についてふれる意味】

世間や、同世代の中には、貧困問題の実態については賛否両論あるのだろう。

それでも私はあえてここで、私たち超就職氷河期世代(2000年ー2004年就職)の
「ネットカフェ難民」になる率が高いという事実について、きちんと触れておく必要があると感じている。

 

「最低限度の生活」を送ることができていない同世代

 

この事実を、私は見て、感じて、当時行動してきたのだから、これを抜きにしては、
私にとっての「超就職氷河期世代」を語ることはできないのだ。

そして、どんなに一般的な「正論」でこの問題にモノ申す人が現れたとしても、
この現場を実際に見ていない人、行動していない人たちが、いまさら、
たとえどんなに正しいと思われる反対意見を述べたとしても、これは説得力がない。

 

このような社会情勢の中で私たちは20代後半から30代前半を過ごした。

そこで話を戻すと、このとき、

こんな社会なのだから、ストレスは常に身近にあり、あって当然のもの。
「勝ち組」「負け組」があるのなら、「勝ち組」がモノを言える。

 

これを私の仕事、つまり肌と化粧品の分野から眺めてみる。

肌が荒れようが、多少健康に害があろうが、
とにかく自分の不安や状況を、少しでも楽しく明るく過ごしていきたい

というのが、私たち超氷河期世代の、
素直な、そして多数の意見だったのだろうと思う。

 

最終(その4)へつづく

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